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早稲田大学表象・メディア論系機関誌 xett

死と暴力の表象――黒沢清『CURE』論――

北村匡平

 映画のポストモダン化という言葉は、60年代から70年代の政治・闘争的時代に対する70年代から80年代の遊戯・記号消費的時代というパラダイム転換と芸術の変質を包含している。映画と文化の関係を考察する際、そのようなアカデミズムの風潮の中で、我々に要請されているのは、ポストモダン以前と以後をめぐる境界の定義の議論ではなく、ポストモダン映画の表象形式の中における時代のコンテクストがいかに映画と共犯しながら暴力や死などの主題の表象を変えていったかを探る千里眼であるように思う。長谷正人は、「古典的ハリウッド映画」(D・ボードウェル)から「ニュー・ハリウッド映画」(T・シャッツ)への移行に相当する日本映画の表現様式の歴史的変化の捉えがたさを論じた上で、その変化に「パーソナル化」という概念を導入している [1] 。周知のように、古典的支配形態であるスタジオ・システムから1968年における映画製作倫理規定(プロダクション・コード)の破棄、いわゆるレイティング・システムへの移行は、フィルムに過激な性や暴力などの表象を焼き付けることを可能にした。しかし高度経済成長とともに日本人が生活様式の西洋化を達成し、その「暮らし」を理想の世界へとイメージ化すると、日本文化における「映画」という超越的な夢の力は失効し、日本映画は「個々の作者が自らの内面を表現する手段へと変化」 [2] していったのである。つまり、長谷は日本人の暮らしがイメージ化されることによって起こる映画表象の「パーソナル化」、この映画と文化、表現様式と生活様式の共振的変化を日本映画の「ポストモダン化」と定義しているのだ。本稿の議論において重要なことは、映画は映画を美的な記号として消費する遊戯的時代を経て、観客の「身体」との「パーソナル」な関係性を獲得してきたということである。
 90年代において、その時代精神や身体性を表象する象徴的な監督の一人が黒沢清であった。混沌とした虚無的な社会とゲーム的リアリティーが結び付き、黒沢清を始めとしたホラー映画が日本を席巻した90年代後半は、暮らしの周縁を意識化し、身近に潜む理性を超えた狂気的な〈何か〉を表象していった。その暮らしの側に潜む狂気は、最終的に自らの内面、すなわち精神世界に潜在する狂気の表象へと向かうだろう。死や暴力の表象における登場人物をめぐる90年代の身体性の問題は、アートとしてのスタイルの前景化を推し進めた記号的80年代の風土、例えば相米慎二の『ションベン・ライダー』の「脆弱な身体」 [3] や北野武の『その男、凶暴につき』の「鈍重な身体」に見出される不器用な身体を、過去のものにするような新しい身体の表象形式を孕むものであった [4] 。「パーソナル」なもの、それは黒沢清にあっては、映画そのものである。いや、我々の暮らしの中に潜む「映画的メディア性」と言ってもよいかもしれない。
 狂気、この非人間的な名状しがたいものは、黒沢清にとって、理性を超えた怪物的なものであり、黒沢清の「狂気」を考察する我々は、美的な記号消費としての狂気を増殖させるのではなく、「狂気」としての黒沢映画が何かを問わねばならない。黒沢は表象される〈ホラー〉に関して「なぜ襲ってくるのか全く意図不明の暴力的存在」[5] を出したかったと語っている。本稿で論じられる『CURE』(1997年)では、次々と胸がX字型に切り裂かれる連続殺人事件を追う刑事の高部(役所広司)が、解決しない捜査と、精神を病んでいる妻との生活の狭間に溺れ、苛立ち、摩耗していく。他者をマインドコントロールすることで、猟奇殺人を引き起こす間宮(萩原聖人)は、記憶障害を持ち、謎の話術でもって周囲を間接的に殺人者に変え、疲弊しきった主人公と殺人鬼の交叉は、さらなる怪物を生みだすことになるだろう。
 記憶の保持とは、自己アイデンティティーの維持である。間宮は近代的自己同一性を喪失したポストモダン的人間であり、対話者との近代的コミュニケーションの不能は、ある種の「暴力」を行使していると言ってよいだろう。記憶しないこと、徹底的な空虚さで埋め尽くすことは、近代的理性にとって、恐ろしい「動物」的な主体による蜂起のようなものだ。また、黒沢は人物だけでなく、映画という魔術的なメディア性を巧みに使い、その恐怖を表象しようとする。黒沢は、いわゆるホラー映画の原理である「恐怖」に怯える人間ではなく、恐怖そのものを描写しようと試みている。北小路隆志の次の文章は映画の原理にも触れた重要な文章である。

「恐怖におののく人間」ではなく、「恐怖そのものを描く」試みとは、おそらく映画が抱える「魔術的芸術」の要素の再興をも含意することになるのではないか。(…)映画そのものの原理的な恐怖とでも呼ぶべきものをスクリーン上で復活させ、映画を見る者たちを催眠療法の際の昏睡状態にいくぶん似た領域にまで陥らせること? [6]

疑問の符号と共に綴られたこの文章は、映画の重要な原理、すなわちファンタスマゴリア的な亡霊性を表現している。ジャン=ミシェル・フロドンは黒沢映画をホラー映画ではなく「亡霊映画」として捉え、黒沢の亡霊映画の美的な力は、日本にある伝統と「亡霊というテーマと映画の持つ性質自体との親近性による」 [7] と論じている。黒沢を論じるとき批評家たちが、言及せざるを得ない映画の原理とはいかなるものなのだろうか。我々はここで、ベンヤミンがダダイズムと映画に関して言及した次の論考を参照できるだろう。

ダダイズムにおいて芸術作品は、ひとの目を魅惑する外見や、ひとの耳を納得させる響きから抜け出して、一発の弾丸に転化した。それはひとを撃ち、こうして作品は、いわば触覚的な質を獲得した。このことは同時に映画への需要を育てることになった。というのも、映画の気散じ的な要素も同様に、まず第一に触覚的といえる要素なのだから。 [8]

映画の原理としての、「触覚性」あるいは、「魔術性」が亡霊というある種のメディアを通して、映画の世界と現実の世界の境界線を融解していくこと、それこそがフロドンの言う映画の性質ではないか。表象された非理性的恐怖が、我々観客の身体のすぐ側に密着していると感じさせること、すなわち虚構と現実のマージナルな地点に身を置くことこそ、黒沢の目指した恐怖の形態であるように思える。また、木下千花は『CURE』が、明治時代の催眠術の「伝道」映画、写真、蓄音機という複製技術によって遂行されていることに着目するべきであり、間宮と百年前の催眠術師との間の催眠術の計量からは人間という媒介が排除されていることを強調している [9] 。この議論を彼女は、「占有者としての霊たちを召喚する手続き」として『回路』に繋げていくのだが、ここでは「占有」をめぐる彼女のロジックを「映画原理」をめぐる観客と映画との関係に引き戻して考察したい。複製技術としての映画の中には、その止まった時空間から、映画(フィクション)が終った後にも、亡霊的に現実(リアル)の生にまとわりついてくる類のバロック的映画が存在する。ラストシーンにおけるウェイトレスの開かれたエンディングは、催眠術師から間宮・高部へと時空間を超え伝染することと『CURE』の映画原理が持つ魔術的力学が時空を超え観客に及ぼす催眠的効果がうまくリンクしている絶妙なシークエンスである。
 しかし、それにしてもなぜこのエンディングのシーンがこれだけ恐ろしさを表象できるのだろうか。我々はここで、役所広司が「肉を食べる」というそれだけのシーンがなぜかくも恐ろしいのかを考察する必要がある。それは、おそらくウェイトレスが役所演じる高部と少しのコミュニケーションをとっただけで、ナイフを取り出し、画面を横切るというラストシーンだっただけではない。そうではなく、間宮を殺した高部が真っ黒なスーツに身を包み、穏やかな顔と、脱力状態で食べる「肉」の塊を疑似的に見せられているからだ。どういうことだろうか。全編を通して我々観客は、高部の「食べる」という「動物」的行為を観ることが禁じられていた。しかし、このラストシーンの前で同じような「肉」の塊が生々しく登場していたのを忘れてはいないだろう。我々はあのような「肉」が食されるのではなく、苛立ちを抑えきれない高部により、壁に投げつけられるのをすでに見ているのだ。ただしその「肉」は、精神病を患う妻が高部のために用意した「生肉」であった。理性に反理性が浸食するという境界で、何とか高部はもがきながら「健全」であろうとしていた。すべての重さを背負い、「妻よりも休養が必要だ」と言われた精神病的表情の高部が、初めて余裕のある柔らかな表情で、「肉」を食すという本能的=「動物」化する場面に我々は直面しているのである。しかも、驚くべきことにこのラストシーンの前には、おそらく高部と話したナースによって殺された妻の死体の非常に短いシーンがモンタージュされていることを考えると、「生肉」、妻の死体、ステーキ=「肉」を食す高部というシークエンスの連鎖から、怪物化した高部が間接的に、煩わしかった妻という「肉」の塊を食べてしまう感覚に陥ることになる。我々観客はそこで、間宮という人物が纏っていた余裕さが、高次の次元に止揚された高部という恐ろしい怪物を見出すだろう [10] 。つまり、狂気は伝播しているのだ。表層に漂う記号をいかに組み合わせ、そのモンタージュの狭間に意味を読み込むかは観客の美的感覚に還元されるものであるし、おそらくそれは作家が創造した映像の連鎖と「遊戯」的関係で結ばれるものである。シーンとシーンの向う側に新たな次元の意味を読み込めるかは、制度に馴致されない観客の豊かな映画の受容様態にかかっているのだ。 
 黒沢映画における映画内部から現実という外部への狂気の伝播、おぞましき恐怖を観客へ接近させることは、黒沢映画の重要な映画原理である。蓮實重彦は、『アカルイミライ』を論じる文章で「接触の禁止。そして離れていることの要請。それは、黒沢清にあっては、物語を始動せしめる能動的な記号にほかならない」 [11] と記している。

触れあうこともなく、離れたままの状態で何かが存在から存在へと感染してしまうことの恐怖に、黒沢清の演出は賭けられたといってよい。例えば、『CURE』がそうであるように、彼にあっては、危険な人物とみなされる者と素肌で接しあったわけでもないのに何かが着実に伝搬しており、その思考と行動の自由を奪ってしまう。 [12]

『CURE』だけでなく、『カリスマ』においても言えることだが、ある一つの原理的何かが、気付かぬうちに周囲の世界を変質させてしまうことを我々日本人は、これらの黒沢映画と同時期に体感している。我々観客は、その周りの世界を一瞬にして変質させてしまったオウムや阪神・淡路大震災のカタストロフィーを重ねてみずにはおれないのだ。気付かぬうちに周囲に忍び寄り、世界をテロルの中に巻き込んでしまったオウム真理教による地下鉄サリン事件、日常の平凡な風景を一挙に変えてしまったカタストロフィーとしての阪神・淡路大震災、これらは、黒沢が上記の映画を撮る数年前(1995年)に実際に起こったことなのである。『CURE』の間宮というカリスマが、普通の人間の内部に侵入し、気付かぬうちに殺人者へと変貌させる。あるいは、『カリスマ』において、「名付けられた」カリスマという一本の木が、周囲の人間を変質させ、世界全体を混沌へと導く。黒沢は盲目的に狂信するテロリズムのロジックを90年代という時代を体現しながら巧妙に描き出していたのである。大寺眞輔の次の一説は、日本文化に起こったカタストロフによるパラダイムの転換と黒沢映画の関係を的確に表現しているように思う。

何でもないごく当たり前の人間が、ワンカットの中で突然人を殺してしまう。その唐突な暴力の触媒ともなる間宮というキャラクターは、単なる催眠術師という役柄に留まらず、この時代の本質をどこかで見事に言い当てていたのではなかろうか。 [13]

『CURE』の企画における興味深いエピソードがある。地下鉄サリン事件前の企画段階では、プロデューサーは黒沢に「今時こんな話あり得ないし、日本じゃあちょっと嘘くさいでしょう」と話していたが、オウム後では、「いや、今これをやるのはやばいよ。リアル過ぎる」と話したらしいのだ [14] 。95年以前に『CURE』の企画が進んでいたことを考えると、黒沢がいかに鋭敏な時代感覚を持っていたかがわかるだろう。
 黒沢映画の「死の表象」は、作家主義的な意味で、彼の表象空間を黒沢映画たらしめる死の記号にほかならない。黒沢映画における死の速度は速く、圧倒的に軽い。この黒沢のワンカットで描かれる「死の表象」は、繰り返し出てくるテマティックなもので、黒沢の作家性を非常によく現わしている。無類のゲーム好きである黒沢が、不遇時代を振り返り「はっきり言って、ゲームに生きようか、と考えたりしていました」 [15] と語ったことに耳を傾けることは、黒沢の作家性の基盤を探る試みなるだろう。黒沢の死の美学は、「ゲーム的暴力性」を表象するのである。90年代はファミコンやスーパー・ファミコンが全盛期であり、多くの子どもから大人がゲームのヴァーチャル・リアリティーの世界に熱狂した時代であった。ゲーム的世界における死はあまりにも呆気なく、軽い。北野の痛みを伴う暴力表象に対して、黒沢の暴力性は、ゲーム的世界における軽やかな死、すなわち「ゲーム的暴力」と言えるだろう。
 『CURE』の冒頭、サラリーマンが売春婦をワンカットで殺すシーンで、何気なくベッドの脇を歩いていた男が、さりげなくパイプを取り出し、女の頭を数回殴りつける。この一連の描写は、軽快な音楽とともにあっという間にゲーム的に成し遂げられたのだ。まさに、観客は異化的な距離を保たれ、軽々しく描写される女の死をただ眺めるほかない。続いて、女はバスルームに連れて行かれるのだが、このシーンはあからさまにヒッチコックの『サイコ』を引用している。その描写は恐ろしくもグロテスクでもなく、やはり軽快な音楽に合わせて血が流れ落ちているだけである。この死、あるいは暴力の表象は暴力を観客に結び付けて、身体に感覚的に還元する北野武の美学とは対極にあるものといってよい。鈍い暴力を表象する北野に対して、黒沢は徹底的に暴力や死の痛みを希薄化するのだ。軽快なピアノとゲーム的リズムに乗せた黒沢の身体の運動は、死の軽やかさを美的に表象している。
 あるいは、間宮の催眠を受けた警察官が同僚の警察官を殺すシークエンスを思い浮かべてもよいだろう。朝の穏やかな晴天の中、警察官二人は普段と変わらない日常を生き、いつものようなありふれた会話がなされている。しかし、一方の警察官が自転車に乗って巡回に行こうとしたとき、間宮に催眠を受けた警察官が銃であっさりと殺してしまう。ここでもやはり小鳥のさえずりや優しい風などの、のどかな自然の音とともに、軽やかな死がワンーン・ワンカットで表象されている。この「ゲーム的暴力性」が何の予兆もなく忍び寄るワンカットの死は、黒沢が自身の死の美学を賭けて撮ったものである。
黒沢清は鋭い時代感覚とともに、ゲーム的身体の無感覚性を、ワンシーン・ワンカットの美学で表象した作家である。しかし同時に我々は蓮實の薫陶を受けた黒沢の思弁的技術と映画史へのオマージュにも注目する必要がある。例えば、現場のアパートから階段を下りてきて、道に出る高部をとらえた何気ないシーンがある。しかしその高部を追うカメラは、まるで自律化し意志をもったかのように、高部の歩くスピードを超え、何もない空虚な空間をとらえるのだ。それを見た観客は、何にフォーカスしているのかわからないまま、亡霊的何かに恐怖を感じずにはおれない。この細やかなカメラワークは、この映画の主題と構造に共鳴し合っている。そしてその空虚な空間をとらえた先には、踏切の光源が点滅している。それを見る高部の視線。いうまでもなくこの後、光を媒介として怪物になる高部が、ここで暗示されているのだ。また、『サイコ』のシャワーシーンのパスティッシュな引用同様、エンドクレジットでは、映画の構造と見事にリンクするソール・バスのデザインを踏襲している。名前がナイフのような形で切り刻まれるこのエンドロールもまた、この映画において身体が×に切り刻まれることのメタファーにもなっているのだ。
黒沢清を論じることは映画原理を論じることになる。この必然性は、映画の特異な魔術的メディア性を、催眠と光というモチーフを借りて実践したからである。それは、『CURE』に限られることではない。黒沢全作品を通して、その境界が崩れていき、フィクションがリアルな現実に流れ込んでくる感覚を、我々は享受することになる。まさに人間と幽霊、理性と狂気、映画と現実、明確に引かれていると思われた境界線は、いつのまにか消失してしまうのだ。黒沢の「パーソナル化」とは、映画のメディア性を表象することでその「恐怖」を描写することである。そこに、90年代という時代のカタストロフィーがリンクするとき、つまり、黒沢が鋭敏な皮膚感覚を持って時代性を作品に投影するとき、黒沢映画は、硬質な「恐怖」を表象することになるだろう。

 

  1. 長谷正人「日本映画のポストモダン」『日本映画は生きている第3巻 観る人,作る人,掛ける人』(四方田犬彦[他]編)、岩波書店、2010年、251-254頁。また「古典的ハリウッド映画」の詳しい議論に関しては、デイヴィッド・ボードウェル「古典的ハリウッド映画 語りの原理と手順」(杉山昭夫)『新・映画理論集成②知覚/表象/読解』の176-195頁を、「ニュー・ハリウッド映画」に関してはThomas Schatz, “The New Hollywood”, in Film Theory goes to the Movies, Ed. Jim Collins et al.( Routledge, New York, 1993, pp.8-36を参照されたい。
  2. 同前、255頁。
  3. 同前、264頁。
  4. 相米の「脆弱な身体性」と北野の「鈍重な身体」の大きな違いは、前者が、アイドルや肥った子どもが自由に身体を操作できずに、肉の塊が画面上を運動するのに対して、後者は、凶暴で狂気を伴う主人公から観客に距離を取らせながら、暴力を被る方の、鈍い音を発する肉が直接観客の身体にその痛みを訴えかけてくることにある。
  5. 黒沢清『黒沢清の映画術』新潮社、2006年、118頁。
  6. 北小路隆志「「魔術的芸術」としての映画―黒沢清『CUREキュア』」『現代詩手帖』思潮社、1997年10月号、187頁。
  7. ジャン=ミシェル・フロドン「黒沢清の美しい亡霊たち」大原宣久訳『ユリイカ』2003年7月号、120頁。
  8. ヴァルター・ベンヤミン「複製技術時代の芸術作品」『ベンヤミン・コレクション1』浅井健二郎編訳、久保哲司訳、筑摩書房、1995年、623頁。
  9. 木下千花「占有者たちの空間」『ユリイカ』青土社、2003年7月号、194頁。
  10. 黒沢は前掲の『黒沢清の映画術』(187頁)において、刑事は間宮を殺すことで、同じ怪物になるのではなく、ワンランクグレードアップした怪物という存在にしたことを明かしている。間宮は自分が空っぽになって記憶を喪失することが怪物への必須条件だったが、グレードアップした高部という怪物は、自分が元通りの自分であることを知っていながら、間宮と同じようなことをするという設定にしたと言っている。
  11. 蓮實重彦「「善悪の彼岸」に 黒沢清『アカルイミライ』」『ユリイカ』青土社、2003年2月号、73頁。
  12. 蓮實、同前、74頁。
  13. 大寺眞輔「壁と窓、あるいは集積と切断」『文學界』文藝春秋、2006年10月号、145頁。
  14. この挿話は、前掲書の黒沢清『黒沢清の映画術』を参照。
  15. 同前、138頁。

講評:長谷正人

 本稿の白眉は、『CURE』を「肉の映画」として読み解くところにあるだろう。誰もが忘れられない、この映画の有名なラストシーン。ファミレスで食事する役所広司が、ただ食事を上げ下げしに来ただけのウェイトレスに対して殺人鬼の催眠をかけてしまったらしく、直後に彼女は腰のあたりにナイフを構えてほんの一瞬画面を横切っていく。その後何が起きたかを私たち観客は知らされない。だから、ただ恐怖を感じる。映画から観客に向けて何かが感染する。
 北村君は、いやそこにはさらに「肉」があるぞ、と言う。この場面で役所広司は、血を滴らせたステーキを食していたではないか、と。それ以前の場面では、精神を患った妻に出された「生肉」を大げさに壁に叩きつけていたように、肉は彼にとって禁忌だった。しかし、その禁忌が解かれて、役所は肉を食す怪物にここで変身したのだ、と。その直前の場面には、わざわざ妻の死体が肉の塊りのようなイメージで一瞬挿入されている。だから少なくとも、そういうイメージの推移に観客は感染させられて、役所が妻の肉を食べてしまったかのような感覚を持たされてしまう。この場面が気分悪いのは、そういう理由だ、と。
 こうした映画の観客に向かっての感染作用が、1980年代以降の日本映画に特徴的な「ポストモダン化」や「パーソナル化」につながっており、さらには映画の原理の問題にも関わっている、とここで北村君は論じている。確かにそうだろう。しかしそうした理屈が読者に深く伝わるためには、黒沢清がここでやってみせたのと同様の、モンタージュによる無意識的感染作用を、言葉を通してどれだけ読者に引き起こさせるかが勝負なのだと思う。ここでの抽象的な議論には、黒沢清の映画ほどの意地悪さと感染作用を感じなかった。映画の感染作用をいかに言葉で表現するか、それが大きな問題としてここに開かれている。さらなる精進を期待する。

更新情報

2016.04.13
2016年度春期・秋期の時間割を更新しました。

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